教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

環境

1年前の2016年11月、2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組みを定めた「パリ協定」が発効しました。その主な内容は、温室効果ガスによる産業革命以前からの気温上昇を2℃よりも低く抑える、できる限り1.5°C以下に抑える、そのために各国は温室効果ガスの自主的な削減目標を国連に提出する、目標達成のために削減に向けた国内の対策を実施する、というものです。日本もこの協定を「批准」(協定に拘束されることを国会が承認)していますから、その義務を負うことになります。

CO2削減のために必要な政策

地球温暖化防止のためには、国際的な協力が不可欠ですが、実際に対策を行うのは個々の国・地域です。従って、各国・各地域で温室効果ガスの排出削減のために効果的な政策手段の導入が求められます。温室効果ガスにはさまざまなものがありますが、最も焦点となるのが二酸化炭素(CO2)です。CO2はものを燃やせば発生しますが、特に化石燃料(石油、石炭、天然ガス等)を燃焼すると大量に発生します。化石燃料は、火力発電の燃料、自動車の燃料等、今日の我々の文明的な生活を支えている燃料(エネルギー)です。すなわち、CO2はほとんど全ての経済活動に伴って発生し、特定の活動を抑制すれば排出を防ぐことができるというものではありません。CO2が注目されるのは、「化石燃料に我々が大きく依存していることから、CO2排出の抑制が極めて困難である」という事実によっています。

先に述べたように、CO2は化石燃料の燃焼によって発生しますから、化石燃料の利用を少なくすれば、CO2の排出を理論的には抑制することができます。化石燃料の使用量を少なくするには、大きく分けて、エネルギー自体をなるべく使わないようにする、化石燃料から化石燃料以外のエネルギーへと転換するという2つの方法があります。前者は省エネルギーを進めることによって、後者は例えば発電方式を化石燃料を燃焼する火力発電から風力発電や太陽光発電へと転換することによって、可能になります。それには、どのような政策が必要でしょうか。

すぐに思いつくのは、国や地方自治体が化石燃料の使用を制限する法律を制定するという方法です。しかし、CO2は特定の大工場からだけでなく、例えばガソリン自動車を利用しても排出されます。個々の家庭や小さな工場・事業所まで、化石燃料の使用を厳しく制限するというのは、民主主義国家では事実上不可能でしょう。 石油等の化石燃料が今日の主たるエネルギーとして利用されているのは、化石燃料から得られる便益に比して、その価格が安いからです。逆に言えば、環境問題等に全く興味がない企業・個人であっても、化石燃料の価格が高く、環境負荷の小さいエネルギーの方が安ければ、そちらを使うでしょう。もし、化石燃料に税を課し、その価格を上昇させれば、化石燃料に対する需要は減少するでしょうから、CO2の排出も減少すると考えられます。1

化石燃料には、「炭素」という物質が含まれており、それが燃えると大きなエネルギーが発生するので、化石燃料は今日の主たるエネルギー源としての地位を築きました。しかし、炭素は燃焼されると同時にCO2を排出します。つまり、化石燃料を燃焼するとCO2が発生するのは、その中に炭素が含まれているからだったのです。もし炭素含有量に応じて、例えば、「炭素1g当たり」x円という形式で課税を行えば、CO2排出量と税の支払額が比例することになります。この課税方式は、炭素に対して課税を行うことになるので、CO2排出抑制を目的として化石燃料に課される税は、「炭素税」と称されるようになりました。ただし、かなり高率の炭素税を課さない限り、現時点ではコストが大幅に高い自然エネルギーへの転換は、困難です。従って、それほど高率でない炭素税しか課されない場合(そして現実的には非常に高率の炭素税を導入するのは政治的に非常に困難でしょうから)、期待できるのは、各化石燃料を利用する場合の省エネ効果が中心ということになります。

炭素税(地球温暖化対策税)の導入状況

炭素税は、1990年代の初頭に北欧諸国やオランダを皮切りに、ヨーロッパ諸国を中心に広く導入され、導入国でのCO2削減に寄与してきました。表1、表2は、主な導入国の税率等の状況を示したものです。2

表1

表2

2012年10月より、日本でも化石燃料に対して炭素含有率を考慮して課税を行う「地球温暖化対策税」が導入されました。正確には、既に化石燃料に課されている「石油石炭税」に「地球温暖化対策のための課税の特例」を設け、炭素含有量(CO2排出量)に応じて税率を上乗せするというものです。激変緩和のため、税率は2016年4月まで徐々に上昇させ、最終的にはCO2トン当たり289円の税を課し、税収は年間約2000億円から3000億円を見込んでいます。この地球温暖化対策税導入によって生じる価格上昇は、ガソリンでいえば1リットル当たり1円未満と、日々の価格変化の中に紛れてしまう程度で、他の炭素税導入国と比較して、著しく低い水準にとどまっています。この税の価格上昇による化石燃料消費の抑制効果はほとんど期待できないので、発生した税収を助成措置の財源として用いて、再生可能エネルギーや省エネルギー投資等を促進することによって化石燃料消費=CO2排出を抑制しようとしています。

補助金は、適切な対象に交付できれば、確かに効果をあげる(=CO2排出を削減する)ことができるでしょう。しかし、適切な対象に補助金を交付することは、決して容易なことではありません。むしろ、炭素税の税収を補助金の財源に限定してしまうと、「環境対策」を名目にして必ずしも適切でない対象にまで補助金が支出されてしまうかもしれません。日本では環境税というと、その税収を環境対策に用いるものという意識が強いですが、表1が示すように、ある程度高い税率の炭素税(=価格上昇による化石燃料抑制効果が期待できる)を導入した多くの国では、炭素税収を環境対策のための財源として限定するのではなく、その税収分を他の税や社会保障費用負担の軽減に用いるということが広く行われてきました。例えば、ドイツでは、社会保険料負担を軽減(=人を雇う際に発生する費用を軽減する)ことで雇用を増やすことを意図しました。3 すなわち、環境税導入とともに労働関連の税・保険料負担を軽減するという「環境税制改革」により、環境負荷の軽減と雇用増(維持)という2つのメリット=「二重の配当」が追求されたのです。「二重の配当」が実現するかどうかは、専門家の間でも議論が分かれますが、「環境税導入・強化と労働関連税等の軽減」により、少なくても大幅な雇用減が発生したという研究結果は、ほとんどありません。4

環境税制改革の議論を

上述のように、日本では炭素税(地球温暖化対策税)に限らず環境税の税収は環境対策に用いるべきという考え方が根強く、「環境税制改革」の考え方は、ほとんど浸透していません。日本の地球温暖化対策税の税率は、諸外国と比較してかなり低く、税率引き上げの余地はあります。税率の引き上げは、雇用減少等、経済へ悪影響を与えると懸念する人もいるかもしれません。そうであれば、炭素税等の環境関連税を強化する一方、労働関連税や社会保険料を軽減する、あるいは環境税が導入されない場合に予想されるよりは社会保障負担の上昇率を抑えるという「二重の配当」を目指したポリシーミックスは、(考慮しなければならない課題は多数あるとしても)日本においても検討する価値は十分にあります。今日の日本では、税に関する議論は消費税に集中していますが、それだけでなく、環境保全と雇用維持の両立を図る税制のあり方について、幅広い観点から議論が深まることを期待しています。


【参考文献】

  • 伊藤康(2018) 「環境保全型社会と福祉社会の統合」(神野直彦・井手英策・連合総研編『「分かち合い社会」の構想』岩波書店,59-86頁)
  • 環境省 税制全体のグリーン化検討会(2016) 「(平成28年度第4回会議資料)国内外の税制グリーン化に関する状況について」
  • 朴勝俊(2009) 『環境税制改革と二重の配当』晃洋書房
  1. このように、環境に悪影響を与えるモノ・サービスに税を課し、価格を人為的に引き上げることによって経済的に不利にし、その縮小を図る税のことを「環境税」と称しています。
  2. 産業向けの化石燃料に対しては、国際競争力維持のため、多くの国で低い税率が適用されることが多いのが現状です。
  3. ただしドイツは、既存の化石燃料に対する税に上乗せして課税がなされましたが、炭素含有量に応じた課税になっていないので、表1では記載されていません。
  4. 朴(2009)

解説者紹介

教授 伊藤 康