教員コラム

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国税庁が『税務行政の将来像』を発表!

「AI(人工知能)」という言葉がメディアを席捲しています。学生のみなさんが時折引きずり込まれ(?)、私が暮らしている税の世界も、どうやらAIと無関係ではないようです。ここでは、国税庁が平成29年6月に公表した『税務行政の将来像~スマート化を目指して~』という資料を素材として、AIと税務行政について考えてみたいと思います。

要約すると、国税庁は、上記資料において、

AI技術、ICT(情報通信技術)、マイナンバーなどの活用により、「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」を図り、税務行政のスマート化を目指す

と宣言しています。

税務行政のスマート化とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
AIの活用という切り口から眺めてみましょう。

納税者の利便性の向上のためのAIの活用

税務相談のAI化

税務職員が納税者から受ける税務相談は、税務署での面接や電話での応対という形で行われてきました。
上記資料では、

税務相談にメールやチャットなどを活用するほか、AIが相談内容を分析し、システムが自動的に最適な回答を行う

としています。

例えば、三菱東京UFJ銀行は、複数の言語に対応して案内業務等を担当する人型ロボット「NAO」や、Web上で、対話形式で自動応答する「バーチャルアシスタントChatサービス」を導入しています。また、オーストラリア国税庁(Australian Taxation Office)のホームページ(https://www.ato.gov.au/)を覗いてみてください。税に関する質問にテンポ良く回答する少しキュートなバーチャルアシスタントサービス「Alex」に会うことができるでしょう。このことからしても、「確定申告書はいつまでに提出しなければならないか」など一般的な内容の税務相談にAIを導入することのハードルは低いでしょう。税務職員に対して直接的にコンタクトをとることに二の足を踏む納税者がいることを考えると、税務相談のAI化は納税者の利便性の向上に役立つといえます。また、予算・人員など限られた資源の効率的配分にも資すると考えます。

個別具体的な課税関係を照会するような税務相談にAIを活用できる日も来るでしょう。ただし、AIが誤回答の責任をとることはできないため、人間(税務職員)がAIを活用して応対するにとどまるかもしれません。国税庁によるAIの活用は民間の税務部門におけるAIの活用を触発するでしょう。個別具体的な税務相談を行うAIが一般に普及すると、税額計算や税務申告の自動化と相まって、税理士等の専門家に頼らずに自ら申告等を行う納税者が増えそうです。他方で、AIが代替できない税務調査への対応などは、引き続き、納税者から税理士に依頼されるでしょう。

課税・徴収の効率化・高度化のためのAIの活用

調査必要度判定のAI化等

税務調査の対象となる納税者を選定する際の調査必要度の判定は、法人を例にすると、確定申告や決算の内容、業種・業態、過去の接触事績(調査事績)、他の資料情報など多種多様なデータを基に、熟練職員の直感やノウハウと簡易な機械分析を頼りに行われてきました。

上記資料では、

  • AIを活用したシステムによる精緻な調査必要度判定等を実施することにより、これまで以上に、大口・悪質な事案に対して重点的かつ深度ある調査を行う
  • 具体的には、調査の必要性が高い大口・悪質な不正計算が想定される事案を的確に選定する観点から、過去の接触事績や資料情報のシステム的なチェックに加え、統計分析の手法を活用して、納税者ごとの調査必要度の判定を精緻化する
  • 最適な接触方法や調査必要項目を、システム上に的確に提示する

としています。

調査必要度判定のAI化とは、国税庁に蓄積されている過去の税務調査に係る多種多量のデータを活用して、調査必要度の判定を行うものであると考えます。これは、ビックデータを分析して調査必要度に係る相関関係を割り出すもので、まさにAIが得意とするところです。熟練職員が少なくなる中で成果を上げることが予想されます。

ここでは若干の懸念や展望を示しておきます。

  1. (1)調査必要度が高いと判断した理由のブラックボックス化
    調査必要度が高いというAIの「判断結果」自体は信頼できるものであるとしても、AIはそのような判断に至った具体的な「理由」(因果関係)を示すことは苦手です。この意味で選定理由はブラックボックス化するでしょう。このことが提起する現行法上の問題は措くとしても、具体的な選定理由が不透明なまま、事務的・心理的負担の重い税務調査への対応を納税者に強いることに反対する意見もあるでしょう。

    差し当たりは、AIに任せきりにするのではなく、人間(税務職員)が、実際に調査対象者として選定するか否かの最終判断を行うべきであるといえるかもしれません。また、(後に出てくる国籍のように)なぜ特定の要素(特徴)が調査必要度を高めることにつながるのかなどAIが示さない因果関係の検討やAIの判断結果を理論的に裏付けるような検討と、そのための人材育成が求められるかもしれません。ここは熟練職員のノウハウ等が活躍する場面です。

    また、調査担当の職員には、AIにおいて調査必要度が高いと判断した結果を、具体的な理由を示して、当該納税者にわかりやすく伝えるための説明能力やコミュニケーション能力が求められるかもしれません。通常、人は、理由や理屈はわからないけれども結果は正しいものを受け入れることには抵抗があるからです。職員から、「あなたは不正取引を行っている確率が高い、とAIが判断しました。理由はわかりませんが、AIの判断に間違いはありません。調査に協力してください。」と説明されることを想像してみてください。この説明に納得できますか?
    (現在でも、調査先として選定した具体的理由は当該納税者に常に開示されるわけではないという問題もありますが…)
  2. (2)特定の納税者のブラックリスト化
    極端な例を出しましょう。仮に、AIが、過去の調査データに基づいて、特定の国の国籍を有する納税者は調査必要度が高いという分析を示したとします。すると、不正計算を行う確率という観点から、特定の国の国籍を有する納税者が、調査必要度の高い者としてリストアップされる、いわばブラックリスト化されることになりそうです。

    このこと自体は税務職員による選定でも起こりうることですし、AIによる選定自体は差別や偏見に基づくものではありません。また、調査必要度を判定する際にAIが着目する要素やその重視の度合いはリアルタイムのデータに基づいて常にブラッシュアップされるため、AIの選定の精度は税務職員によるものよりも高いといえるでしょう。しかしながら、納税者個人としての権利は尊重されなければなりません。AIによる選定がはずれることもあることを念頭に置いた対応を要する場面もあるでしょう。また、強力な信頼度を有するAIの分析に基づくブラックリストが、偏見又は差別を生み出す危険性について配慮すべきでしょう。

    新規性の高い業種・業態を営む納税者や新設の税法規定に関わる税務調査に関していえば、分析に用いるためのデータに乏しいため、AIによる調査必要度の判定や調査必要項目の開示が困難になるかもしれません。直感やひらめきによって、データの蓄積がなくとも一応の判断を即座に行うことができるという人間の強みを生かした選定や調査も必要とされる場面がありそうです。

    このように考えると、(1)でも述べたように、AI時代に適応する人材の育成や人間による最終判断を適切に行う態勢作りという方向に向かうかもしれません。

なお、上記資料では、AIを活用し、相続税、贈与税の財産に係る時価評価事務や滞納者等に対する接触事務の効率的な遂行を図ることなども明らかにされています。

おわりに

現在、税務調査では、税務職員が、多数の請求書等の書類の中からごく一部を抽出し、決算書類と照合したり、納税者が虚偽の説明をしていないかをその挙動等から検討したりしています。今後、申告や帳簿書類の電子化と税務のAI化が進むならば、国税庁のAIが、[1]決算データと請求書等のデータとを悉皆的に照合し、[2]視線の動きや体温・心拍数の変化などから納税者の説明の真偽を判定し、さらには、[3]納税者が決算や税務申告に利用しているAIそのものを調査することにもなりそうです。究極的には、一定のAIを利用して行われた税務申告については、実地による税務調査が省略される日が来るかもしれません。

AIが社会やビジネスに及ぼす影響を正確に予測することは困難ですが、ここで見たように具体的な例を通じて、AIに関する議論を行い、AIの影響力を体感しておくことは、学生の皆さんが将来の進路等を考える上で有益であると思います。

【参考文献】

  • 鈴木悠介「AIの発展・活用に伴って重要となるであろう会社法の実務上・解釈上の視点」資料版商事法務399号22頁以下(2017)
  • 松尾豊『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA、2015)
  • 茂木健一郎『人間らしく働き続ける5つのスキル 人工知能に負けない脳』(日本実業出版社、2015)
  • 山本龍彦「予測的ポリシングと憲法?警察によるビッグデータ利用とデータマイニング」慶応法学31号321頁以下(2015)
  • ビクター・マイヤー=ショーンベルガー&ケネス・クキエ〔斎藤 栄一郎訳〕『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』(講談社、2013)
  • Steve Lohr, “IBM gives Watson a new challenge: your tax return,” New York Times, February 1, 2017,
    https://www.nytimes.com/2017/02/01/technology/ibm-watson-tax-return.html

解説者紹介

泉 絢也