学長コラム

本学の取り組みや教育活動、学生たちの活躍などの最新情報を中心に、時折、原科学長の研究テーマである参加と合意形成、環境アセスメントに関連した話題もお届けします。

最近、企業のパーパスという言葉をよく聞きますが、これは企業の存在意義や理念を指します。11月28日の日経電子版の記事「御社の存在意義は何ですか」に次のような引用があります。

「『きょう、あすをどう生き抜くかを繰り返すうちに年月がたっていく。社員と面談しても将来の話は出ない』。創業60年目を迎える切削加工業者、仙北谷(横浜市)の植田竜也社長は悩んでいた。(注)」

民主主義社会では、皆の声を聴くことが重要ですが、将来について長期的な視点で考えることは簡単ではありません。この会社でも、社員と面談しても将来の話は出ないと社長は嘆いている。現場では目先数年のことしか考えられないが、それで良いか。

本学建学の理念

遠藤隆吉

本学のWebサイト、大学概要の部分に本学建学の理念が掲載されています。その記述の終わりの方に、本学の前身である巣鴨高等商業学校設立趣意書の一部が記されています。創設者の遠藤隆吉先生は、次のように記しています。

「今日、世人はややもすれば実業教育を軽視せんとする。これ誠に残念である。実業家は社会の上位を占めるべきであり、実業は決して己の利益のみを目指すものではなく、社会に奉仕することを目的とする立派な事業である。実業教育はなお大いに徹底させる余地がある。」

遠藤先生は、当時の実業教育を軽視する社会の風潮を憂いていました。実業は己のみでなく、社会のためになるものでなくてはならず、また、社会に奉仕することを目的とする立派な事業で、社会に奉仕して、その結果として利益が得られるということです。拝金主義とは全く逆の方向で、真っ当な経営をと考えています。これは、現在放送中のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一の考え方と同じです。

株主資本主義

最近の株式会社はどうでしょう。新自由主義のもと、多様なステークホルダーよりも株主の利益を追求することが行き過ぎ、批判されています。真っ当な経営と言えるでしょうか。実は、利益追求の姿は昔から批判されていました。

株式会社の始まりは約400年前、1602年に設立されたオランダ東インド会社だとされます。当初は単発プロジェクトの性質が強かったようですが、その後、継続的に事業を行うものとして株式会社の原型が誕生。そして、18世紀半ばの産業革命をきっかけに大きく広がりました。工場生産のための設備投資に多額の資金が必要になったからです。その後、19世紀、20世紀と大量生産、大量消費、それらを加速する情報化の進展と共に、株式会社の影響力は極めて大きくなりました。

だが、利益追求ばかりの資本主義は富の偏在をもたらし社会の分断を生むとの批判もだんだん強くなってきました。特に米国では「物言う株主」の力が経営に大きな影響を与えてきました。企業利益の追求を加速させた結果、社会分断が著しくなっています。そして、21世紀の今日、利益優先の経済活動は地域での環境問題だけでなく、地球規模では気候変動問題も深刻化させ、脱炭素化が重要な課題になっています。

企業パーパスの再定義

しかし、次第に、利益追求ばかりのあり方に疑問を持つ経営者が出てきました。2016年から始まった国連のSDGsも、そのひとつの現れです。そして、2019年、米国の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルは株主資本主義の流れを変えるような宣言をしました。全ての米国民に奉仕する経済を推進するために「企業パーパスの再定義」をと呼び掛けたのです。企業利益追求が第一義とは言えないと。

社会に奉仕してこその会社。でもこれは、日本人にとっては今さらという感じもします。日本型経営は、遠藤先生の本学設立の趣旨にも明記されているように、社会への奉仕を重視してきました。その考え方は江戸時代の商業道徳に遡りますから、数百年の伝統がある。皆さんも日本型経営の何が良い面で、何が問題か、考えてみてください。

(注)日本経済新聞 2021年11月29日(朝刊)
志を探して(1) 御社の存在意義 何ですか