教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

地域・暮らし政治・経済・ビジネス

いま日本の地方を訪ねると、高齢化が進み若い人が減って、活力を失ったような町や村に出会うことが多くなりました。しかしその中でも地域や社会を少しでも元気にしよう、良くしていこうとする動きを感じることも増えました。

例えば東日本大震災で被災した地域で、政府や自治体の支援に頼らずに厳しい状況の中から地域の資源を活用し、新たなビジネスや農業、水産業に挑戦する人たちがいます。他の地域でも社会的弱者をサポートしたり、グリーン環境を守る取り組みを見かけるようになりました。このような市民による活動は「ソーシャル・ビジネス」や「コミュニティ・ビジネス」などと呼ばれています。いずれも地域や社会の問題を発見し、それらを解決して少しでも人々のためになる活動をする点で共通しています。

中央政府や地方自治体の行政でも、これまでに様々な社会の問題解決の政策を立案し、実施してきたのですが、十分に成果をあげたとは言えないようです。むしろ結果的に巨大な財政赤字を生み出し、貧富の格差も広がってきたのが現状です。

日本は江戸・徳川時代以来、「民は寄らしむべし」という「お上」依存意識を根づかせ、明治時代に入っても文明開化の政策は国や地方の官僚主導で進められてきました。第二次大戦後の高度経済成長も官による護送船団方式によるものでした。それが21世紀に入る頃から、世界的にも「官から民へ」「シビル・ソサエティ」の流れが起きて、様々な市民による活動主体やグループが社会の問題解決のために活動するようになってきたのです。

平成7(1995)年の阪神淡路大震災を契機に、社会の新しいセクターとして市民NPOやボランティア・グループが活躍し、その存在が注目されるようになったのです。その後全国的に、また震災復興だけではなく、多くの社会問題に関わる分野で地域市民ビジネスやグループが生まれ、大きな広がりを見せるようになりました。
さらに歴史的に市民や地域を軸とする大きな文明の転換期でもありました。それは産業革命以来の西洋を中心とした近代産業社会から、脱近代(ポストモダン)社会へのシフトと言われる潮流です。都市に集まった人、モノ、資金は機械化によって大量生産を実現させ、国家が力をつけ、その勢いを増すために互いに争うようになりました。しかし現在、世界の人たちは国家を越え、単なる生産競争から新たな共生の社会に向かって動きつつあるのではないでしょうか。それが国民・国家をベースとした国際社会から、都市や地域をベースとするグローバル(地球的)な社会の認識です。いま地域の市民ビジネスが注目されるようになった流れは、こうした時代的背景があることを見逃すことはできません。

産業革命に匹敵するメディア革命が、21世紀の新たなポスト・モダン社会をつくりつつあります。デジタル・メディアの急速な普及は、地球を情報・通信で世界を一つに包み込み、国を越えて即時的で自由なコミュニケーションが可能になってきました。国内でも地域が相互に簡単につながるようになり、小さな村の情報が東京でも北海道でも沖縄でも即刻伝わり、特産物の宅配や資源の交換をしながら交流できるようになったのです。世界中のどこに居てもネットによって同時に伝わるようになりました。
グローバル化が進むほど地域のローカルな情報の重みが増し、広がっていくので、これらを合成した「グローカル」のいう用語も生まれ、グローバルに考え、地域で行動する「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー」という表現も使われます。

地域ビジネスは地域の問題発見と問題解決をすることで、それが地域社会の貢献となることが前提です。特定地域だけではなく、社会全体に広がる場合「ソーシャル・ビジネス」と呼び、その主体が企業の場合にはそれを「ソーシャル・エンタープライズ」と呼びます。
地域社会の問題解決をする活動主体は、必ず非営利組織(NPO)でなくてはならないということではありません。いわゆる「ボランティア・グループ」は、日本では従来「社会奉仕団」と呼ばれてきました。宗教団体などでは活動する役務から諸費用まですべてボランティア参加者が無報酬・自己負担で行いますが、開かれた市民ボランティア活動では必要経費はその活動主体としてのグループや組織が負担するのが一般的です。社会活動の継続性の上からも、その方が現実的ではないでしょうか。

市民NPO法人(特定非営利活動法人)は利潤をあげることを目的としない市民による社会的活動の組織です。しかし実態はこれまで多くのNPO法人が結成され、その後しばらくして活動を停止したり、つぶれたりすることも出てきています。そこに求められる事業性や活動する人々の間の利害や信頼の問題が、ネックになったケースも少なくありません。

「コミュニティ・ビジネス」の用語は英国から生まれました。活動主体が企業形態でも非営利組織でもこだわらず、地域市民が主体となって地域の問題を解決しようとするビジネスのことです。英国ではかつて造船で栄えたグラスゴーの町が衰退した時に、地域市民が会員組織でオーナーとなって企業を設立したのです。レストラン、カフェバー、劇場、清掃、内装などの事業を営み、さらにスモール・ビジネスを支援する企業をつくるなどして、地域をよみがえらせることに成功しました。米国でも多くの都市にCDC(コミュニティ・ディべラップメント・コーポレーション)という地域活性化のNPOが存在しています。ソーシャル・ベンチャー(社会起業)などを支援することによって、都市の衰退する地域や低所得者の多い地域に、住宅開発、雇用確保を図っているのです。

日本でもこの20年、地域と市民がなんとか地域の問題を解決して将来につなげていくコミュニティ・ビジネスが各地で起業され盛んになってきました。

事例を二つ挙げます。郊外大型ショッピングセンターの進出で、街の人通りが減った静岡県富士市吉原の商店街では、平成15年に商店街の若手有志や市民を中心にNPO法人東海道・吉原宿を設立、高校生に空き店舗を任せ、仕入れから販売まで運営させ、商売を学習体験させる「高校生チャレンジショップ吉商本舗」を展開しています。かつて東海道の宿場町として栄えた商店街に賑わいを取り戻し、若き商売人を育成する取り組みで、すでに厚生労働省からも一目置かれている事業です。
もう一つは高齢者向けの送迎、宅配ビジネスです。一人暮らしのお年寄りは段々買い物が負担になり、やがて困難になります。すでに電話、FAX、インターネットにより、少しの手数料で自宅まで配達してくれる大手スーパーやコンビニはありますが、御殿場市の森の腰商店街では車による無料送迎をしています。平成23年4月から始まり、利用客は月に1,000名と言われています。

コミュニティ・ビジネスにとって最も大事なことは、地域社会の問題に取り組むミッション(使命)ですが、同時にビジネスとして成立する適当な収益と、それによる持続性を忘れてはなりません。コミュニティ・ビジネスは地域の人々の要請や期待に応え、社会的イノベーター(革新者)の役割を果たしているのです。

解説者紹介

藤江 俊彦