教員コラム

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政治・経済・ビジネス

我々が日々見聞きする政治ニュースの中でも選挙に関するニュースはとりわけ頻繁に報道されています。民主主義の日本では、衆議院選挙や参議院選挙だけでなく、地方自治体の首長選挙や地方議会選挙も行われており、今年もこれまでに東京都知事選挙や大阪市長選挙など注目を集める選挙が実施されました。
投票によって議員を選出したり社会のルールを決めたりする民主主義の国と投票の存在しない非民主主義の国を比較すると、当然両者では政治的プロセスを経て選ばれる政策が異なってくるはずです。それでは、民主主義の下で選ばれる政策の特徴とは何でしょうか? この問題は民主主義が普及しつつある現代では、国内及び海外の政治ニュースを理解する上で非常に大切です。そこで今回は投票が政策に与える影響を考えるために、投票の理論を紹介します。

1. 2政党間競争の理論

投票の理論にも様々なものがありますが、ここではハロルド・ホテリングやアンソニー・ダウンズといった経済学者によって開発された2政党間競争の理論を紹介します。
政党Xと政党Yという2つの政党が選挙で争う状況を考えます。2つの政党のうち、選挙で投票数の過半数以上を得た政党が政権を握り政策を決定するとします。ここでは、政権を握った与党が決定する政策を所得税率の決定としましょう。また話を単純にするために、各政党の目的は選挙に勝つことだけだとします。
投票権をもつ国民をAさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんの5名とします。彼らはそれぞれで実現してほしい所得税率が異なります。所得税が高いほど稼いだ所得の多くを税金として徴収されることになりますが、徴収された税金は公共サービスや社会保障という形で便益が自分に帰ってきます。人によってはたくさん税金を徴収されても構わないから社会保障を充実させてほしいと考えるでしょうし、社会保障は充実していなくても良いから税率を下げてほしいと考える人もいるでしょう。このように、各個人が望む政策は人それぞれで異なり、だからこそ最終的に一つの政策を選ぶ政治的プロセスが重要になってきます。ここではA~Eさんが最も望ましいと考える所得税率が以下の表のようになっているとします。

表1:各投票者が最も望ましいと考える所得税率

投票者 Aさん Bさん Cさん Dさん Eさん
税率 5% 8% 11% 14% 17%

1 Hotelling, H. (1929). Stability in Competition. The Economic Journal, 39(153), pp. 41-57. Downs, A. (1957). An economic theory of democracy, New York: Haper and Row.

さらに、各個人は自分が最も望ましいと考える税率に近い税率ほど好むと仮定します。例えば、Aさんは5%が最も望ましいと考えているので、8%と11%ならば8%、11%と14%ならば11%を好みます。
選挙とその後の政策決定の流れは以下の通りです。

  1. 政党Xと政党Yが政権を握った後に実行する政策(所得税率)を提示します。
  2. A~Eさんは、自分にとってより望ましい政策を提示した政党に投票します。ただし、どちらの政党も同程度に望ましい場合には、等しい確率でランダムに投票するとします。
  3. 過半数の票を得た政党が選挙前に提示した政策を実行します。

このようなプロセスで政策が決定される時、どのような税率が実現するでしょうか?
それを考えるために、仮に政党Yが17%の税率を提示する場合を考えて見ましょう。この場合、政党Xは11%の税率(A~Eさんが望む税率のうち真ん中の税率)を提示することで選挙に勝つことができます。政党Xが11%、政党Yが17%の税率を提示した場合、Aさん、Bさん、Cさんは政党Xへ投票します。その結果、政党Xは3票以上の票を獲得することになり選挙に勝利します。
今度は政党Yが14%の税率を提示する場合を考えて見ましょう。この場合も、政党Xは11%の税率を提示することで選挙に勝つことができます。政党Xが11%、政党Yが14%の税率を提示する場合、Aさん、Bさん、Cさんは政党Xへ、Dさん、Eさんは政党Y へ投票します。その結果、政党Xは3票を獲得することになり選挙に勝利します。同様に政党Yが5%あるいは8%の税率を提示する場合も、政党Xは11%の税率を提示することで選挙に勝つことができます。
それでは政党Yが11%の税率を提示する場合はどうでしょうか? この場合、これまでの議論から、政党Xは11%以外の税率を提示すると負けてしまいます。政党Xが勝つための唯一の方法は自らも11%の税率を提示することです。この場合、2つの政党が同じ税率を提示するためすべての投票者にとってどちらの政党も同程度に望ましく、各政党は確率1/2で選挙に勝ち、確率1/2で選挙に負けることとなります。
ここまでの議論から、相手の政党がどのような税率を提示したとしても、自らは11%を提示することが最適な対抗策であることがわかります。相手が11%以外の税率を提示していれば、11%の税率を提示することで確実に勝利できますし、相手が11%の税率を提示していれば11%の税率を提示しなければ確実に負けてしまいます。したがって、選挙前に各政党が提示する税率は、どちらの政党も11%となるはずです。その結果、いずれかの政党が確率1/2で選挙に勝利し、最終的に実施される所得税率は11%となります。Cさんのように、自らが最も望む政策が各投票者の最も望む政策の中央に位置する投票者のことを中位投票者といいます。2大政党制の議会制民主主義では、中位投票者が好む政策が実現するというのがこの理論の主張です。

2. 所得格差と社会保障の規模

2政党間競争の理論を応用すると、所得格差と社会保障の規模の関係を分析することができます。2 ここでは、話を分かりやすくするために、A~Eさんが支払う税金はすべて社会保障に充てられるとします。
さきほどの表1では、各個人が望む所得税率は人によって異なりましたが、低い所得税率を望む人はどのようなタイプの個人でしょうか? 所得税は税率がすべての人で共通である場合、所得の高い人ほど多くの税を支払うことになります。3 例えば所得税率が10%の場合、所得が100万円であれば支払う税額は10万円ですが、所得が1000万円であれば支払う税額は100万円です。一方で、各個人が受け取る社会保障の便益は個人間でそれほど異なりません。所得税率も社会保障の便益も各個人で等しい場合、所得の高い個人から所得の低い個人へ所得が再分配されることになるのです。したがって、高所得者ほど低い税率を好み、低所得者ほど高い税率を好むことになるはずです。
また、所得格差が大きくなるほど、低所得者は高い税率を好むようになります。所得格差が大きいほど、低所得者の所得は低く、高所得者の所得は高くなります。その結果、低所得者の税負担はさらに軽くなり、高所得者の税負担はさらに重くなり、高所得者から低所得者への所得再分配の規模が大きくなるためです。
民主主義の下では中位投票者の好む政策が選ばれるというのが先ほどの理論の結果でしたが、有権者が低所得者と高所得者の2つのタイプから構成されるとした場合、中位投票者となるのはどちらのタイプと考えるのが妥当でしょうか? それは低所得者です。なぜなら高所得者というのは通常低所得者と比べて少数だからです。例えば低所得者が有権者の8割、高所得者が有権者の2割であるとすると、所得順に有権者を並べた際に真ん中に位置するのは低所得者です。したがって、民主主義では低所得者の望む税率が選ばれることになります。所得格差が大きいほど低所得者は高い税率を望むわけですから、民主主義の下では所得格差が拡大するほど所得税率が高くなるという結果がこの理論から導かれることになります。ここでは単純化のために有権者を低所得者と高所得者の2つのタイプに分けましたが、有権者の所得が様々に異なるより現実的な場合でも、いくつかの条件の下で、所得格差の拡大が高税率に繋がることを示すことが出来ます。

2 このような分析は1970年代~80年代初めにかけてトーマス・ローマー、ケビン・ロバーツ、アラン・メルツァー、スコット・リチャードといった経済学者によって行われました。(Romer, T. (1975). Individual welfare, majority voting, and the properties of a linear income tax. Journal of Public Economics, 4(2), 163-185. Roberts, K. W. (1977). Voting over income tax schedules. Journal of Public Economics, 8(3), 329-340. Meltzer, A. H., & Richard, S. F. (1981). A Rational Theory of the Size of Government. Journal of Political Economy, 89(5), 914-27.)
3 累進課税制度のように、所得の高い個人ほど高い所得税率が適用されると、なおさら高所得者の支払う税は低所得者と比べて高くなります。

もちろん、このような単純な理論は、民主主義における政治を考える上で重要ないくつかの要素を考慮していませんから完全なものではありません。例えば、各個人が政党への政治献金により政策を自分に有利なように導くことがあるかもしれません。このような場合、政策は高所得者に有利なものになる可能性があります。しかしながら、このような単純な理論でも、民主主義の重要な側面の一つを的確にとらえているのではないでしょうか。

解説者紹介

水野 伸宏