教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス

今回は、日本で広がりつつある「クラウドファンディング」という仕組みを紹介します。この背景にはなにがあるのか、クラウドファンディングはなにをどう変えるのかという点に絞って、お話ししたいと思います。

震災と意識の転換

クラウドファンディングが注目を浴びたひとつのきっかけは、日本をおそった未曾有の災害です。2011年3月11日に三陸沖を震源地として発生した地震と福島原発の事故は、私たちの生活だけでなく意識も大きく変えました。
たとえば、日本漢字能力検定協会によれば、2011年を表す漢字は「絆」でした。協会は、この漢字を選んだ理由として、「災害をきっかけに家族や仲間など、身近でかけがえのない人との絆をあらためて知ったこと、また、人と人との小さなつながりが、地域や社会といったコミュニティだけでなく、国境を越えた地球規模の人間同士の「絆」へと広がったこと、そして、ソーシャルメディアを通じて新たな人との絆が生まれてたこと」と説明しています。
(日本漢字能力検定協会「2011年 今年の漢字」)

実際、震災直後にたくさんの人々が自分の生活や仕事をなげうってボランティアとして被災地に入り、復興支援に従事したことを記憶しているひとは少なくないでしょう。この記事を読んでいるひとのなかにも、実際に被災地に足を運び、ボランティアとして活動したひともいるかもしれませんね。また、様々な理由からボランティア活動には参加できなかったものの、「被災地のために私もなにかしたい」と考え、お小遣いやアルバイト代のなかから義援金を送ったひともいたでしょう。
実際、寄付白書(2011)によれば、2009年の2倍にあたる8457万人が金銭や物資による寄付をしたそうです。 多くの寄付金や支援金が集まったのは、震災直後にオンラインで寄付ができるサービスが立ち上がったのも一因であると言われています。このような情報は被災地の現状とともに、TwitterやFacebookで広がっていきました。その結果、「Yahoo!ボランティア」や「JustGiving」などのインターネット上のサービスを通じて十数億円があつまったといいます。こうして集められた寄付金の多くは、被災地で支援活動を営む団体に渡されました。このようなインターネットサービスと支援団体のおかげで、私たちは家にいながらにして被災地の復興に微力ながらも関わることができたのです。しかし、このような方法では、インターネットやニュースなどから知った、自分自身が個人的に応援したいと感じたひとや企業を指定して後押しすることは難しいことでした。

また、寄付ではなく、被災地の物産品を購入するという方法で被災地支援に参加したひともいるでしょう。しかし、津波の被害で建物や工場が失われ、事業を継続させることが難しい状況に追い込まれた事業所も少なくありません。このなかには、創業から100年以上も経つ企業や、高い食品加工技術を持つ企業も含まれていました。また、漁業関係者のなかには、船や作業小屋、養殖施設を失ってしまい、仕事を続けることが難しくなってしまったひともいました。事業を続けようにも、もともと規模の小さい事業者や個人は銀行からお金を借りること自体がなかなか難しく、運良く資金が借りられたとしても多額の借金を背負っての再スタートは厳しいものがありました。

クラウドファンディングのひろがりとその仕組み

このような被災地の事業者や農業・漁業関係者に手をさしのべ、支援のための資金集めの仲介役となったのが、「ミュージックセキュリティーズ」や「Ready for」「CAMPFIRE」といったインターネット上のサービスです。これらのサービスは、「被災地で困っている誰かの力になりたい」「被災地のためになにかしたい」と考えている人々と「なんとか事業を継続したい」と考えている被災地のひとびとを結びつけました。

たとえば、ミュージックセキュリティーズは、「セキュリテ被災地応援ファンド」を立ち上げて、被災地の復興を後押ししています。これは工場や店舗の再建費用の出資金を募るというものです。ホームページには、工場の再建費用などを募集する様々なプロジェクトが並んでいます。参加者はこのリストのなかから、自分が「応援したい」と感じたプロジェクトを選び、投資をすることができます。投資は一口一万円から。現在にいたるまでに29,000人ものひとが投資家として参加しており、10億円ものお金が被災地に集まりました。
ここでは、2014年12月現在募集をしている「八木澤商店しょうゆ醸造ファンド」を例に仕組みを説明しましょう。八木澤商店は、創業から200年という長い歴史を有するしょうゆ醸造蔵です。本拠地を構えていた陸前高田市が津波により壊滅的な被害を受けたことで、店舗も工場も倉庫に貯蔵していた原材料もすべて失ってしまった同社は、セキュリテ被災地応援ファンドを利用して、しょうゆ工場の建設費用一億円を集めようとしています。「投資」ですから、事業がうまくいかなかったときはお金は帰ってきませんが、事業が軌道に乗り、利益が出ればそこから投資額に応じた分配金が支払われます。しかし、被災地を応援するという主旨から、セキュリテ被災地応援ファンドでは、半分の5000円を出資金として投資し、残りの5000円は応援金(寄付)とするというかたちがとられています。つまり、分配金が支払われるのは出資金の部分のみとなります。しかし、投資家には、分配金の他にも新工場で仕込まれるしょうゆなどが送られてくるといった特典もあります。他のプロジェクトでは、蔵の見学会や現地訪問ツアーなども行われ、人気を集めました。

ただし、セキュリテ被災地応援ファンドを使えば、被災地の事業者なら誰でも資金を募集できるわけではありません。個々のプロジェクトはミュージックセキュリティーズによって、プロジェクトが実現し、利益をあげられることができるのかといった計画性を吟味された上で、はじめて資金の募集をかけることができます。さらに事業者のプロフィールや資金計画等の詳細な情報はホームページ上で知ることができ、これらをもとに参加者はどのプロジェクトに投資をするかを考えることができるのです。

「セキュリテ被災地応援ファンド」は、どちらかといえば企業など事業性が高いプロジェクトが中心ですが、投資ではなく、寄付を通じて公共性の高いサービスや社会性の高いプロジェクトを後押ししようとするサービスもあります。
たとえば、「Ready for」や「CAMPFIRE」などでは、津波で流されてしまった女川の図書館の書籍購入費の調達や、岩手県大槌町の仮設住宅に住む高齢女性に仕事を与え、自立支援をするための工芸工房の立ち上げなど、様々な被災地支援のためのプロジェクトが支援を募りました。セキュリテ被災地応援ファンドと異なり、金銭的な見返りがあるわけではありませんが、寄付額に応じてお礼のメッセージやプロジェクトによって生産された製品(たとえば大槌町の手芸工房プロジェクトでは刺し子やエコバッグなど)などが送られます。

しかし、これらのインターネット上のサービスは、被災地支援を目的とした資金集めのためにつくられたわけではありません。もともとはクリエイティブな活動を行うひとびとが、ファンや支援者から活動資金をインターネットを通じて募るためのサービスでした。
たとえば、ミュージックセキュリティーズは音楽CDの製作資金をファンから募るための事業としてスタートしています。また、CAMPFIREは、自社のサービスを「アイデアを実現するために必要な費用を、アイデアに共感した人々(「パトロン」)から募るためのプラットフォーム」と位置づけており、アスリートの為末大氏の講演会など、1,000件以上のプロジェクトが55,000人ものひとびとから4.9億円あまりを集めています(2014年12月現在)。
さらに、Ready forはクリエイティブな活動にとどまらず、共感をベースに「社会を良くする」ことにも比重をおいており、日本のみならず海外のひとびとをもサポートするためのプロジェクトへの参加も数多く募集されています。たとえば、学校に行くことができないインドの子どもたちに学びの場を提供しようというプロジェクトには200人以上から200万円もの資金が集まっています。

これまでの事例で紹介した中小事業者やボランティア団体等はもともと銀行からの借り入れ自体が難しく、それゆえに思うようにビジネスが拡大できなかったり、社会貢献的な活動や文化や芸術、スポーツに関連するイベントを行うことが難しいという状況にありました。そのような存在に手をさしのべた「ミュージックセキュリティーズ」や「Ready for」、「CAMPFIRE」といったサービスは、資金が必要なひとと「自分のお金を提供することで他者を助けたい・誰かの力になりたい」と考えているひとの橋渡しをしていると言ってもよいでしょう。もちろんただ両者に仲介の場を提供しているわけではありません。資金を提供する参加者の信頼を裏切らないよう、個々のプロジェクトがきちんと実現するのか、場合によってはある程度の収益性が確保できるのかといった点から審査をし、クオリティを維持しているという側面は見落としてはならないでしょう。

まとめ

このようなサービスは、現在、「クラウドファンディング」と呼ばれ注目を集めています。クラウドファンディングとは、群衆(クラウド)+資金調達(ファンディング)、もう少し平たくいえば、インターネットを通じて多数のひとびとから資金を調達するという仕組みです。

このようなサービスは以前から海外では注目されており、日本でも数社が数年前からサービスをはじめていました。しかし、飛躍的に参加者が増えたのは、2011年以降です。現在では、ミュージックセキュリティーズ以外にも大小数十のサービスが立ち上がり、それぞれの特長を活かして、資金が必要なひととそれに共感し、金銭面で手助けをしたいと考えているひととを結びつける場として機能しています。こうしたサービスが日本国内で密かに盛り上がりつつあるのは、震災以降、自分自身の利益だけを追求するよりも、他者とのつながりを大切に考えるひとびとや誰かの助けとなりたいと考えるひとびとが増えていることにあります。つまり、クラウドファンディングの広がりの背景には、震災をきっかけとした意識の転換があるといってもいいでしょう。

【参考】

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