教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

政治・経済・ビジネス

中小企業という言葉は、大企業との対比でよく耳にする言葉ですが、意外にその存在の重要性を理解しないまま何となく聞き流してしまうことが多いのではないでしょうか。何故かと言うと、消費者・顧客にとっては企業の規模は特に関心の対象ではないからです。また、トヨタやパナソニックやソフトバンクや楽天のような大企業と違って、TVのCMであまり見る機会が少ないからでもあります。また一方で、ICT(情報通信技術)やIOT(モノのインターネット化)の進展、3Dプリンタの登場、シェアリング・エコノミーの進展などにより、新たな事業機会が生まれ、ライブドア事件以降、一時下火になっていたベンチャー企業(多くの企業は初めは中小企業)の創業も現在は続々と行われています。このことは毎日のように新聞等で取り上げられていますので、皆さんもご存知ではないでしょうか。

そこで今回は、身近で聞いたことのある存在ではあるけれども、余り認識していないと思われる中小企業の存在の重要性について述べます。まず、高校生や大学生の皆さんにとって中小企業が如何に身近な存在であるかについて中小企業の定義とともに述べ、次に、中小企業の経済における重要性について述べ、最後に、中小企業が何故存在するのかについて簡単に述べていきます。本稿は、言わば「中小企業論」のガイダンスとしてお読みください。

中小企業とはどのような存在なのか

1. 皆さんと中小企業の関係性

中小企業と高校生や大学生の皆さんの関係はどのような点があるのでしょうか。幾つか考えられるものを列挙してみます。

  • 商店街で買い物するチェーン店以外のお店は中小企業では?
  • スーパーで購入する醤油・味噌・日本酒の製造者は中小企業が多いのでは?
  • 将来、就職した時の取引先の多くは中小企業では?
  • 将来、中小企業・ベンチャー企業に就職する方もいるかもしれない。
  • 将来、就職ではなく、中小企業・ベンチャー企業を起業する方もいるかもしれない。
  • 将来、公務員や支援機関(商工会・商工会議所等)・金融機関の職員や、支援者(中小企業診断士・税理士等)として、中小企業を支援するかもしれない。
  • ご両親が、自営業などの中小企業の経営者の方もおられるかもしれない。

上記のことから、皆さんは日常的に中小企業に接し、将来、就職した後も極めて関係性の深い存在であることがお解りになられたと考えます。言葉を換えると、中小企業が地域経済や生活や雇用などにとって、重要な存在であることが理解していただけけたと思います。

2. 中小企業の具体的なイメージ

中小企業のイメージを具体的に抱いていただくために、企業の実例を見ていきます。

(1)大企業も昔は中小企業だった

戦後設立された企業で、現在は大企業となっている企業も昔は中小企業からスタートしています。ただし、ベンチャー企業の場合には、例外的に創業や設立当初から大企業でスタートする例も存在します。以下では実例としてそれぞれ著名な大企業の創業や設立の年と株式市場へ上場した年を掲げますが、このどこか中間地点で中小企業から大企業の範疇に移行したものと考えます。

〔以下、企業名は略称で表記〕

  • ソニー(1946年設立⇒1955年店頭市場公開、1958年東証1部上場)
  • ホンダ(1948年設立⇒1954年株式店頭公開、1957年東証1部上場)
  • ファーストリテイリング、ユニクロ(1949年創業⇒1997年東証2部上場)
  • 京セラ(1959年設立⇒1972年東証2部上場)
  • ヤマダ電機(1973年創業⇒1989年店頭公開、2000年東証1部上場)
  • ブックオフ(1991年設立⇒2004年東証2部上場)
  • 楽天(1997年創業⇒2000年店頭登録)
  • ディー・エヌ・エー(1999年設立⇒2005年マザーズ上場)

補足ですが、ファーストリテイリングは広島市にユニクロ1号店を出店し、柳井正氏が社長に就任したのは1984年で、それ以前は山口の宇部市でメンズショップを営んでいました。

如何でしょうか。楽天やディー・エヌー・エーのようにインターネット関連のベンチャー企業は、1990年代の後半から登場し、それ以前の中小企業と比較した成長速度の速さには目を見張るものがあります。

(2)よく知られているけど中小企業

今度は逆に、よく知られているけれども中小企業の範疇に入る企業をご紹介します。

  • タニタ(資本金5,100万円、従業員数1,200人:グループ)
  • ヤマサ醤油(資本金1億円、従業員数805名)
  • 朝日酒造、日本酒久保田(資本金1億8千万円)
  • オタフクソース(資本金1億円)
  • シャボン玉石鹸(資本金3億円)
  • 森下仁丹(資本金35億3,700万円、従業員数298名)
  • フマキラー(資本金36億9,800万円、従業員数206名)

※27年9月28日現在のホームページの情報から判断していますので、中小企業に該当しない場合もあり得ます。下記(3)も同じ

企業名は良く聞いたことがあるのに、中小企業の範疇に入っていることが少し意外な感じがするかもしれません。これは、中小企業の定義に関係しますが、この点は後で述べます。

(3)注目されるベンチャー企業も今は中小企業

最後に、注目されるベンチャー企業ということで、新聞・経済誌等で取り上げられることは多いですが、今は中小企業の範疇に入っている企業をご紹介します。

  • サイバーダイン(装着型ロボット「HAL」、資本金165億円、従業員数146名:27年3月末現在、平成16年創業)
  • akippa(駐車場予約アプリ、資本金4億4千万円、従業員数64名:アルバイト含む、平成21年設立)
  • テラモーターズ(電動バイク、資本金16億円、従業員数20名:2015年2月現在、2010年設立)

上記の企業の特徴は、設立・創業した年数に比べた資本金の額の大きさと知名度の高さでしょう。資本金の額の大きさは、投資家の事業への期待度と事業の急成長の可能性を表していると考えます。1年後には、中小企業の範疇には入っていないかもしれません。

3. 中小企業者の定義

上記までで、皆さんは、中小企業者の定義を知りたくなったのではないでしょうか。定義は、中小企業基本法で基本的な部分は規定されています。

中小企業の定義

中小企業の経済における重要性

1. 全企業に占める中小企業の企業数・従業員総数・製品出荷額の割合

2015年版中小企業白書によれば、全企業に占める中小企業の企業数の割合は99.7%、従業員総数に占める割合は約7割、製品出荷額の占める割合は約半分近くです。このように、中小企業が経済全体や地域経済や雇用や製造業において、大きな地位を占めています。

(1)企業数

〔2015年版中小企業白書から一部抜粋、以下同じ〕

企業数

(2)従業員総数

従業員数

(3)製品出荷額等(事業所ベース)

製品出荷額等

2. 中小企業の雇用創出における重要性

上記1.(2)におけるように、中小企業は雇用全体において大きな地位を占めるだけではなく、新たな雇用創出においても、大きな役割を果たすという議論がなされてきました。1979年に米国のバーチにより画期的な調査結果が発表され、1969年~76年の間、米国で増加した雇用の3分の2は、従業員数20人未満の企業によって生み出されたことを示しました。この調査結果は、やや雇用創出を過大評価し過ぎとの批判はありましたが、中小企業の雇用創出における重要性を示すものとして、1970年代末以降の米国や英国の創業支援策やベンチャー企業支援策の論拠となりました。日本においても、中小企業の雇用創出における重要性が認識され、1999年の中小企業基本法の改正において中小企業を経済の活力の源泉として評価し、創業支援策やベンチャー企業支援策が講じられることになりました。

雇用創出における重要性は、当然、上記の創業やベンチャー企業だけではありません。2015年中小企業白書においては、地域創生のために地域資源を活用して需要を地域に呼び込む中小企業・小規模事業者の支援の必要性が強調されています。また、特に雇用創出効果の大きい存在として、製造業で裾野の長い(取引先の多い)地域中核中小企業の支援も強調されています。さらに、地域課題を解決する中小企業・小規模事業者による地域活性化も注目されています。

中小企業の存立理由(結びに代えて)

中小企業は何故存在するのかについては、幾つかの考え方とその時代的な変遷があります。ここでは、それらの考え方を紹介することにのみ留めて、記述を終わりにします。本稿を読まれて中小企業の存在の重要性に興味を持たれた方は、中小企業論の入門書をぜひご覧ください。

  • 大企業と中小企業の二重構造論が言われた1950年代は、大企業と中小企業の技術や給与や様々な格差が問題視された⇒大企業が中小企業の安い賃金を活用して収奪しているので、中小企業は技術的に停滞し、成長できないままいるという考え方
  • 市場は大企業により寡占化されるが、一方で市場規模が小さかったり、規模の経済性の働かない分野が必ず残るので、中小企業は存在するという考え方(経済学の不完全競争)
  • 技術や顧客ニーズが複雑化してくると、大企業が1社で全ての業務を行うような垂直的統合よりも、社会的分業を行った方が効率的であるという考え方(サプライヤー・システムが自動車産業の国際競争力の源泉の一つであるという考え方など)
  • 中小企業を経済の活力の源泉として、経済や地域の活性化のために不可欠な存在として積極的に評価する考え方(雇用の創出など)⇒1999年改正の中小企業基本法の考え方

解説者紹介

鈴木 直志