教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

地域・暮らし

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ここのところ度々、子育て層が直面する問題が新聞やTVなど各種メディアで取り上げられ、その対策について議論が重ねられています。 たとえば今年2月、「保育園落ちた、日本死ね」というタイトルで投稿された匿名のブログが大きな反響を呼びました。投稿者は出産後に仕事のためお子さんの保育園入園を希望したものの、いわゆる待機児童問題(1)に直面し、子育てと仕事を両立しにくい社会に対する不満を世に訴えたのでした。このブログは国会でも取り上げられ、待機児童問題に対する社会的関心を高めるとともに具体的対応策に関する議論を推し進めることになりました。4月には千葉商科大学が立地する市川市にて、全国ワースト10入りする待機児童数を減らすべく保育園新設の準備が進められていたものの近隣住民からの反対により開設断念に至ったことが報じられ、その争点や調整方法についての議論を巻き起こしました。
日本はいま、少子化の止まらない超高齢社会として人口減・労働力減・消費力減・地域社会における“つながり”減などの問題を抱えており、人々は子育て支援が重要な取り組みのひとつであると強く認識するようになってきました。

  1. (1)待機児童:保育所入所申込書が市区町村に提出され、かつ、入所要件に該当しているものであって、現に保育所に入所していない児童をいう。(内閣府2001)

少子化社会—「子供を欲しいけれど産まない/産むことができない」「産んだ後も課題が多い」

いまの日本社会においては人口を維持するために、合計特殊出生率(2)2.07—つまり一人の女性が生涯に2人子供を産むこと—が必要だとされています。しかしながら2015年の合計特殊出生率は1.46であり、2005年の1.26から少し回復してきたとはいえ少子化・人口減は進んでいます。
一方ある調査では、夫婦が理想とする子供数の平均値は2.42人であることが報告されています(国立社会保障・人口問題研究所2014)。理想の子供数と実際の子ども数の間のギャップ—そこには「子どもを欲しいけれど、産まない/産むことができない」「子どもを産んだ後も課題が多い」という現状があるのです。
若年層の雇用不安、子育ての経済的負担、長時間労働、家事・育児負担の母親への偏り、保育園不足、待機児童問題…無事に保育園に入れたとしても安心できるのは束の間、子どもが病気になった時の保育サービス不足、小学校に上がった段階でぶつかる学童保育不足、実効性のないワークライフバランス施策(あっても利用しにくい職場文化)…解決すべき課題は山積しています。

  1. (2)合計特殊出生率:ある年の15~49歳の女性の年齢別出生率(何人の女性から、何人の子どもが産まれたかという割合)を足し合わせたもの。この値は、ある女性がその年の出産パターンで仮に子供を産んだとしたら、生涯に何人出産するかということをあらわす。(松田2013、p28)

子育て支援の具体的取り組み

こうした課題への取り組みも増えつつあります。2015年夏~秋放送のTBSドラマ「37.5℃の涙」のモデルとなったNPO法人フローレンスによる病児保育サービスもそのひとつです。
一般的に保育園では37.5℃以上熱のある子どもを預かってくれません。発熱や軽い病気のときに安心して預けられる場所が必要という子育て層にとっての切実なニーズに応え、子育て上の課題を減らすことを目指して、フローレンスはボランティアではなくビジネスとしてサービス展開しています。小児科医と連携しながら、保育士・幼稚園教諭などの有資格者や地域の子育て経験者が保育スタッフとして利用者宅を訪問し、病児を預かるというものです。
本事業を展開する上で、ニーズに迅速に確実に対応するためのさまざまな工夫が凝らされています。子どもはいつ熱を出すかよめない上にサービス利用が集中するシーズンとそうでないシーズンがあります。そこで会員制とし、保険と同じように共済型で月会費を集めることによってキャッシュフローの安定化を図っています。また拠点となる保育施設で子どもを預かる施設型と異なり、利用者宅で預かるという「脱・施設型」の仕組みを作ったことによって財務的負担を軽減するとともにサービス提供対象エリアを広げています。
NPO法人フローレンスのホームページによれば、今では東京23区全域と東京都下の13市に加え千葉県の5市、神奈川県の2市内25区、埼玉県の2市と1市内4区にまで対象エリアを広げて子育て層のニーズに応え、病児保育事業で4.7億円の収益を得るまでになりました。

ソーシャルビジネスという取り組み方

フローレンスの病児保育サービスのように、いま社会が直面している社会的課題の解決をめざしてビジネスの手法で取り組むことをソーシャルビジネスといいます。ソーシャルビジネスを展開している主体にはフローレンスのようなNPO法人だけでなく、社会福祉法人、協同組合、株式会社や有限会社(大企業から中小企業まで)などさまざまなものがありますが、次の3つの要件が求められます(経済産業省2008、p3)。

  • 社会性:現在解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッションとすること。
  • 事業性:ミッションをビジネスの形に表し、継続的に事業活動を進めていくこと。
  • 革新性:新しい社会的商品・サービスや、それを提供するための仕組みを開発したり、活用したりすること。また、その活動が社会に広がることを通して、新しい社会的価値を創出すること。

ボランティアと異なり、商品やサービスを提供しお金を稼ぎながら活動するわけですが、利益を得ることは「目的」ではなく課題を解決するための「手段」である、というのが重要なポイントです。利益を得ることによって課題解決に必要なリソース(ヒトやモノ)を確保することができますし、商品/サービスの品質を高め、より広く提供していくことも可能になります。そしてより多くのニーズにより良く継続的に応えることができるようになる訳です。
ソーシャルビジネスの商品やサービスが、社会的課題に直面している当事者、地域の人々から支持され、ファンや消費者が増え、他地域でも「そういうサービスが欲しい」と言われるようになると、「そんな社会的課題があったのか」「そんな解決方法があったのか」というように人々の意識変化を促しその社会的課題や商品/サービスに対する関心を高めていきます。そして関わろうとする人やそのコミットメントが増していきます。こうしてソーシャルビジネスは社会的課題を解決していくだけでなく人々の意識を変えていくのであり、社会を変えていく可能性をもっているといえるのです。

なおソーシャルビジネスがすべての社会的課題を解決できるわけではありません。政府・自治体やボランティア、金融機関や大学などさまざまな主体と連携しながら、市場を通して課題に取り組んでいくことが求められています。

それでも子どもを生み育てることが大変な社会において必要不可欠で、人々のニーズに応え課題解決に資する、重要な取り組みであることは間違いありません。

参考文献・資料

  • 朝日新聞デジタル2016年5月23日「合計特殊出生率、2年ぶり増の1.46 厚労省発表」
  • 国立社会保障・人口問題研究所(2014)「第14回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」
  • 経済産業省(2008)「ソーシャルビジネス研究会報告書」
  • 谷本寛治編著(2006)『ソーシャル・エンタープライズ:社会的企業の台頭』中央経済社
  • 谷本寛治編(2015)『ソーシャル・ビジネス・ケース:少子高齢化時代のソーシャル・イノベーション』中央経済社
  • 内閣府(2001)「平成13年度国民生活白書~家族の暮らしと構造改革~」
  • 松田茂樹(2013)『少子化論:なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか』勁草書房

ウエブサイト

  • NPO法人フローレンス

解説者紹介

専任講師 齊藤 紀子