教員コラム

政治・経済・IT・国際・環境などさまざまなジャンルの中から、社会の話題や関心の高いトピックについて教員たちがわかりやすく解説します。

IT・デザイン

アジア最大級のゲームイベント「東京ゲームショウ2017」が9月21日から開催されます。昨年のこのイベントでは「VRコーナー」が新設され、ゲーム機をはじめVR技術を用いたデバイスが数々登場したことが話題になりました。技術の進化とデバイスの小型化によって、VRは一般ユーザーにもますます身近なものになっていくと思われます。すでにさまざまな分野へのVRの応用が進む中、改めてその技術基盤と構成論理を理解し、VRがもたらす新しい世界について考えてみましょう。

空間に絵が描ける! -VR元年の到来-

(1)ヴァーチャル・リアリティの体感

VR体験

ヴァーチャル・リアリティ(以下VRと表記)を体験できる複数の機器が、2016年に入手しやすい価格で相次いで登場したことをきっかけに、この年がVR元年と呼ばれています(注1)。そこで、体験の印象を述べてみます。身近にあったPlayStation4にPlayStation VR(ソニー社製)を組み合わせ、「VRWORLDS」(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の中のソフトウェアを動かします。PS4にプロセッサーユニットをつなぎ、専用カメラの位置を合わせ、ヘッドセットを顔の上部に装着してコントローラーを手に持てば完了です。メニューの中から、「Ocean Descent(深海ダイビング)」を選んで開始すると、自分の周りに360°の海中風景が広がり、水圧は感じませんが本当に海の底へ下降していくような気分になります。サメの襲来場面も真に迫っています。

つぎに人物が登場する「サマーレッスン」(バンダイナムコエンターテインメント)を試します。夏期休暇に高校生の家庭教師として勉強を教えるという状況設定です。よく見られるゲームのキャラクターに比べて、それなりの「人格」を備えた相手を目の前にした印象は、たいへん質感が高くて、一瞬どきっとする場面もありました。ただ、意図的なのか、向かい合う女子高生との間合いが近い(近すぎる)点は、評価の分かれるところです。

この2種類ともに、従来のビデオゲームの発展型といえます。臨場感のある空間(視野)の広がりの中に身を置いていることを実感し、しかも不要な夾雑物が取り除かれているため、ある意味では現実以上の研ぎ澄まされた感覚が持てます。VR技術がさらに進化すると、目の前にある空間に、台紙などの下地なしでいきなり絵を描くことが誰でも容易にできるようになるでしょう(注2)。 ただし、違和感もあります。VRの場面で、自分が動く際に重力を全く感じません。VR空間内の移動は今のところ制約があり、多くの場合周りだけが動きます。現実を少し上回る能力の体験も、達成感はさほどではありません。終了しヘッドセットを外すと、内側はかなり濡れ、体全体も汗ばんでいました。VRは人間主体のあり方にとって「挑戦」であること、同時に自分自身の「変容」を垣間見ることによる緊張状況の結果だと思います。

(2)事実上存在するということ:VRの仕組みと特性

VRは四つの要素から成り立っています。「仮想空間」「臨場感」「感覚へのフィードバック作用」「対話性」です(注3)。はじめの二つはCG製作技術、後の二つは新型のメディア(ヘッドマウント・ディスプレイ、データグローブ)およびAI(人工知能)技術で支えられます。360°を捉える実写技術でデータを作成し、モデリング、レンダリング(立体質感づくり)、シミュレーション技術を駆使し、対象の自律性がAI技術で高められる程度に応じて、VRの精度が向上します。従って、要言すれば「マルチメディア」と「シミュレーション」、そして「AI」です。

これら三つの技術を統合して構成された制作物は目を見張る水準にあり、高い『没入感』を実現します。ただし基盤はモデルとメディアです。そのため、モデルと現実、メディアと人間自身とを比較すればわかるとおり、前者は後者の「簡略形」で、すべての忠実な再現ではありません。一定の枠組みに従い高度に制御されて構成されるVRが、現実以上の輝かしい世界を提示するという、「荒さと精緻さの交響物」(注4)がVRなのです。

VRは「仮想現実」と一般に表現されていますが、コンピュータ技術者が1965年にヴァーチャル・メモリーを「仮想記憶」と訳したことに由来します(注5)。仮想という言葉の響きは誤解を招きやすく、適切とはいえません。むしろVRはそこに「事実上存在する」ことのほうに意義があります。


  1. (注1)主なハイエンド機器として、Oculus Rift、HTC Vive、PlayStationVR、そしてFOVEがある。(『「VR」「AR」技術ガイドブック』2016、I/O編集部、工学社、93、150頁、『VR/AR医療の衝撃』杉本真樹、2017、ボーンデジタル、11-12頁)。
  2. (注2)すでに実験室では体験でき、彫刻もできる。『VRビジネスの衝撃』2016、新清士、NHK出版、200頁、『人工知能×仮想現実の衝撃』2017、雑賀美明、マルジュ社、119頁。
  3. (注3)『ICT未来予想図』2016、土井美和子、共立出版、77頁。
  4. (注4)『情報社会の構造』2006、犬塚先、東京大学出版会、197頁。
  5. (注5)新清士、前掲書、22頁。

人間とVRの関係をたどる

ヴァーチャルのもつ意義をさらにはっきりさせましょう。人々が生活する環境を大きく二つに分け、第一の領域を「アクチュアル」、つまり毎日活動する社会的、物理的環境、第二の領域を「ヴァーチャル」、つまり意識の中で作られた世界と呼びます。歴史を遡ると、神話や宗教的儀式など、聖なる世界が大きな比重を占めていた時代がありました。これらは想像の産物ですから、ヴァーチャルです。そしてアクチュアルとヴァーチャルという二つの領域が相互に連続し、普段の生活の中で重み、つまり現実味を持っていました。

しかし、上のような特徴を備えた前近代社会は、経験的事実を重視する「近代」社会に取って代わられます。客観性、合理性が広く浸透し、呪術や迷信に縛られないで行動する社会がつくられました。神話、宗教といった世界は、アクチュアルな活動領域とは区別され、場合によっては対立関係に置かれます。

そして、近代の延長でもあり、またその先を歩む現代情報社会は、この二つ、アクチュアルな場所とヴァーチャルな領域を新しい次元で再び結びつけることを可能にしつつあります。VR技術は、人がアクチュアルからヴァーチャルの領域へ赴き、そして再び戻ってくることを可能とします(注6)。かつての主観的な想像の世界が、客観性と現実性を帯びます。やや誇張すれば、「この世」と「あの世」が以前とは別の様式で繋がるわけです。


  1. (注6)二つの領域区分と関係については『視覚とヴァーチャルな世界』北澤裕、2005、世界思想社、171頁に依る。
  2. (注7)『いずれ老いていく僕たちを100年活躍させるための先端VRガイド』2016、廣瀬通孝、星海社、33、44頁。

諸領域での実用化と応用

直接立ち入れない領域、見えない範囲を操作するための装置として、各種シミュレーターが使われています。VRはそれらの高度化と発展として、医療(臨床・セラピー・リハビリ)、報道、建築・不動産、旅行業などの分野で開発と導入が進んでいます。教育面では、例えば外国語会話学習や企業研修に活用されはじめています。

実用化のためにはAIの発展が不可欠です。仮想空間の中のモノ、人のなめらかな動きの再現、人間ができることとそれ以上の可能性を実現できるVRの成熟は、これに架っています。AIの持つ知能増幅効果と空間、感覚、時間を超えるVR機能を活用することによる、少子高齢化社会の再設計も提案されています(注7)。VRを対象とする用語はいくつか見られますが(注8)、「拡張現実(AR)」という表現が、VRの特性を最もよく表します。ここでは、さらなる期待を込めて「自在現実」(FxR:Flexible Reality)と呼ぶことを提案しておきます。柔軟性と多様性を備えた世界を実感できる環境です。「考え抜いた現実」「やり直しのきく現実」が目の前に『実質的』に立ち現れます。VR体験で感じた新鮮な感触は、FxRへの入り口に立っていることの兆しとも言えるでしょう。秋に開かれる東京ゲームショウ2017、VR/ARコーナーでの新技術や作品の発表が楽しみです。


  1. (注8)土井、前掲書、72頁。例えばAR、MR、SRなど。

解説者紹介

教授 犬塚 先